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日露戦争時の陸軍って

1 名前:かまねこ 投稿日:1999/09/06(月) 14:10
勝った(ことになっている)せいか大正・昭和の陸軍よりマシに
書かれることが多いように思うんですが
みなさんから見て日露戦争時の戦術ってどうですか?
それともあれが当時できた限界の作戦だったのでしょうか?


2 名前:チェックメイト 投稿日:1999/09/06(月) 18:18
戦術的には”?”でしたけど、国家の指導者達が戦争の終わりどころを
しっかりと考えていて、さらに自分達が考えた通りに戦争を終わらせた
ことは○ですね。
陸海軍も”国家の前に軍があり”ではなく、政治の一手段の実行機関に
終始していましたし。


3 名前:IUZO 投稿日:1999/09/06(月) 20:43
坂の上の雲 の記述はほぼ正確と見ていいんでしょうか。

4 名前:カノ 投稿日:1999/09/07(火) 00:42
第三軍の指揮権を児玉参謀長が(司令官代理として)代わったように
組織内に柔軟性があったように思われる。

5 名前:隼鷹 投稿日:1999/09/07(火) 00:50
全然話し変わって恐縮ですけど、日露戦時、日本軍はすでに機関銃を
装備してたそうですね.(日露戦争史;参謀本部編、徳間文庫より〉
南山、金州の戦いや旅順攻防戦の際にはすでに持っていたにも関わらず
運用法を知らないために使いこなせず、逆にロシア軍のそれの為に
大量の死傷者を出してたんだから皮肉なもんです。
 もっとも、奉天会戦の際にはコサック騎兵部隊を機関銃で撃破した
そうですが。

6 名前:カノ 投稿日:1999/09/07(火) 01:18
機関銃があっても充分な弾薬がなければ宝の持ち腐れであろう。
それは日露会戦以後の歴史にも続く。
今日の自衛隊にしても兵站を軽んじている面がある。


7 名前:目先ばかりで 投稿日:1999/09/07(火) 07:00
本質を見逃すという悪弊が始まってました。
乃木将軍。旅順の攻略の目的は港のロシアの軍艦を破壊・または
追い出すのが目的でしたが、旅順そのものの占領が目的かのごとき
盲目的な作戦を行いました。

8 名前:チェックメイト 投稿日:1999/09/07(火) 08:52
>7
悪弊は”本質を見逃す”ではなく”才能より縁故を優先する”ことでしょう。
乃木将軍はコネで出世した方ですから・・・
明治天皇の幼き頃の指南役であり、誠実な人柄から天皇から信頼されていた
のですが、軍人としては低能で、西南の役では近代日本軍では初めて軍旗を
焼くはめに陥っています。
”無能な働き者”のひとりですね。

9 名前:ちみ 投稿日:1999/09/07(火) 10:01
>坂の上の雲 の記述はほぼ正確と見ていいんでしょうか。:IUZOさん
陸軍の話題から少しずれますが、日本海海戦については、作者の読み得
なかった資料の存在があり、多少事情が異なるようです。
「日本海海戦の真実」 野村実 講談社
>(機関銃の)運用法を知らないために使いこなせず:隼鷹さん
日露戦争は、近代的な軍隊同志がが機関銃を使って戦った最初の戦争で
した。だから前例がなく、うまく使いこなせなかったのではないでしょ
うか。
それ以前の使用例は、アフリカの植民地で原住民の暴動を鎮圧するため
に使われたくらいのようです。
「機関銃の社会史」 ジョン・エリス 平凡社


10 名前:>9 投稿日:1999/09/07(火) 11:11
>それ以前の使用例は、アフリカの植民地で原住民の暴動を鎮圧するため
>に使われたくらいのようです。

ですが、その遥か以前に、北越戦争で河合継之助が率いる長岡藩が
アメリカ製の機関砲(正確にはガットリング砲)を使用しています。
南北戦争終了によるお流れ品で、本場のアメリカでも実戦使用して
いないです。

その当時、日本に3台しかなく、2台は長岡藩が、もう一台は薩摩藩
の船に搭載されていました。
で、その船でガットリング砲を担当していたのが後の東郷平八郎です。


11 名前:ちみ 投稿日:1999/09/07(火) 11:34
そうですね。すると、アフリカ云々は言い過ぎでした。
前掲の本には(たぶん)記述がなかったので、極東での使用例は、
当時の欧州の軍事専門家たちに、まったく認識されていなかった
のだとおもいます。
失礼しました。

12 名前:しかし 投稿日:1999/12/06(月) 17:21
そのころの日本軍は軍隊として正常でしたな。

13 名前:あまりの軍律の厳しさに 投稿日:1999/12/06(月) 17:45
現地民から「義軍」とも言われていたとも聞きます。


14 名前:今も昔も 投稿日:1999/12/07(火) 16:32
日本は弱小国家ですから、十分よくやったと思いますよ。

15 名前:機関銃?機関砲! 投稿日:1999/12/08(水) 03:16
機関銃は当時、砲架も重く純然たる防御兵器でした。
一次大戦期に軽機関銃が開発されるまでは重くて攻撃前進に随伴させられません。
ですから当時は日本でも逆襲防御に多用されています。

使用戦術が確立したのはやはり日露戦期でそれ以前は配備されていても
ろくな運用がされていませんでした。
(ナポレオン三世下の仏軍等)
でも、日露戦争時の攻勢時に於ける損害も機関銃に起因するのではなく、
主として砲兵、シュラプネル榴弾による突撃破砕射撃に因るもので
ここに近代戦の幕開け、とされるわけです。


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