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もしミッドウェー戦に勝っていたら...

1 名前:加賀 投稿日:1999/09/17(金) 22:26
歴史にもし、は無いけれど、ミッドウェー戦は当時の戦力比から言って
日本が勝っていて当然の戦い。
もし、これに勝っていたら、その後の歴史はどうなっていたでしょう?
(1)ハワイも占領して、太平洋を日本が支配。 アメリカと有利な講和条約を
   結ぶ。
(2)アメリカの大反撃の時期を太平洋、欧州ともに遅らせ、その間にソ連が
   世界を支配!
(3)アメリカの大反撃のスケジュールは微動だにせず、通商破壊戦と、航空機、
   空母の大量生産による物量作戦で、日本は同じように敗戦を迎える。
どれが一番近いかな。
あなたのシナリオを求む。

2 名前:名無しさん 投稿日:1999/09/18(土) 00:22
よく知らないので、偉そうなことはいえませんが
レーダーの性能や指揮官の能力などアメリカが
総合力で上回っていたのではないですか・・・
残念ですが・・

3 名前:at 投稿日:1999/09/18(土) 00:24
策敵能力または策敵方法の差、空母の耐久力またはダメコンの差、
等から見て、必ずしも日本が勝って当然かどうかはわかりませんが、
とりあえず勝てたかもしれませんよね。
その結果ですが、1)のハワイ占領はあり得ないでしょう、日本の能
力としては。スエズ運河爆撃よりトンデモない作戦と思われる。
それができるなら最初の真珠湾作戦の時やれって感じ。だけど維持
できっこないって。
3)は、微動だにせずとはいかないでしょうけど、たぶんこれが近い
のでは?ヘタしたら、ミッドウェーとガタルと両方から反撃受けて、
より早く日本はヘタルかも。
そもそも2)の可能性はあるのかなあ。よくわかんないです。

4 名前:名無しさん 投稿日:1999/09/18(土) 00:29
よく知らないので、偉そうなことはいえませんが
レーダーの性能や指揮官の能力などアメリカが
総合力で上回っていたのではないですか・・・
残念ですが・・

5 名前:at 投稿日:1999/09/18(土) 00:29
策敵能力または策敵方法の差、空母の耐久力またはダメコンの差、
等から見て、必ずしも日本が勝って当然かどうかはわかりませんが、
とりあえず勝てたかもしれませんよね。
その結果ですが、1)のハワイ占領はあり得ないでしょう、日本の能
力としては。スエズ運河爆撃よりトンデモない作戦と思われる。
それができるなら最初の真珠湾作戦の時やれって感じ。だけど維持
できっこないって。
3)は、微動だにせずとはいかないでしょうけど、たぶんこれが近い
のでは?ヘタしたら、ミッドウェーとガタルと両方から反撃受けて、
より早く日本はヘタルかも。
そもそも2)の可能性はあるのかなあ。よくわかんないです。

6 名前:赤城 投稿日:1999/09/18(土) 00:53
勝っていたらと言う仮定だが、それはミッドウェイ島を占領することなのか。敵航空母艦も壊滅させることなのか、どの程度の勝利かによってその後の展開も様々。勝っていたとしても、空母1隻くらいの損失は覚悟しとくべきだろう。その後補給のため呉にいったん帰る可能性がある
ので、その間に反撃されていたおそれがある。だいたい勝利した場合のその後の計画があまり想像できない。直後の短期的なシナリオを語った方がよい。

7 名前:おでき 投稿日:1999/09/18(土) 00:57
ミッドウェーを勝っても、まずアメリカに勝つことは無理でしょう。
名無しさんのいうように、日本は情報戦に対する意識が低すぎました。
ただ、負ける時期を一年ぐらい遅らせることは出来たと思います。
一時的にせよ、アメリカ太平洋艦隊が全滅となるなら、米豪分断作戦に
成功し、マッカサーの目論見を打ち砕くことが出来た公算は大きかった
のですから。ただ、そこでアメリカが講和を飲むならいいんでしょうが、
日本の体力を見抜いているアメリカは、副次的な理由などない限り、
持久戦に持ち込み、補給線の延び切ったところで、日本を一気に叩くでしょう。
そういった意味で万に一つの戦でした。


8 名前:おでき 投稿日:1999/09/18(土) 01:15
あと、ミッドウェーはやるべきでなかったと思います。
帝都を急襲されたとはいえ、あの時点では、制海権は日本にありました。
米豪分断作戦を展開中に、敵の拠点であるハワイの近海に大艦隊を派遣し、
しかも島を攻めるというのは疑問です。ここに空母がいますと、教えているのに
等しいからです。攻めてくる敵を奇襲で漸減して行き、戦力拮抗したところで、主力決戦に持ち込む。自分の土俵の中で戦う。
これが日本海軍がアメリカに対して、従来から考えていた作戦だったのです。
真珠湾はホントに奇跡的な出来事であり、結局はあの大勝に酔ってしまったとしか
思えません。自分の身の丈を忘れた集団の陥り易いことです。

9 名前:赤城 投稿日:1999/09/18(土) 01:17
勝っていたらと言う仮定だが、それはミッドウェイ島を占領することなのか。敵航空母艦も壊滅させることなのか、どの程度の勝利かによってその後の展開も様々。勝っていたとしても、空母1隻くらいの損失は覚悟しとくべきだろう。その後補給のため呉にいったん帰る可能性がある
ので、その間に反撃されていたおそれがある。だいたい勝利した場合のその後の計画があまり想像できない。直後の短期的なシナリオを語った方がよい。

10 名前:飛龍 投稿日:1999/09/18(土) 06:09
>8
山本というか海軍の考えは、米空母を誘い出して全滅させ、
より有利な条件で対米講和を結ぶ というものだったと思います。
ミッドウェー後のマリアナもレイテもアメリカに一端大打撃を
与え、少しでもマシな条件で講和をと考えていたのでしょう。
でも、海軍の予定通りに打撃を与えても やはりアメリカは講和に
応じなかったと思います。日本が途中下車する為には少なくとも
イギリスかソ連の戦線離脱が必要だったでしょう。

11 名前:蒼龍 投稿日:1999/09/18(土) 07:37
もし、ここでハルゼイ提督を戦死させたとしたら?
(もし、ミッドウェイにハルゼイが出てきてないならごめんなさい)

12 名前:at 投稿日:1999/09/18(土) 07:45
>11
ハルゼイ って小沢につり出された猪突猛進の人ですよ。
アメリカだからもてはやされるだけで、はやく新だとしても
別に日本が有利になるとかなさそうな。
アメリカじゃスプルーアンスとかが名将だと。

13 名前:at 投稿日:1999/09/18(土) 07:53
>10
ちょっと違うと思う。一度打撃を与えて講和というのは、そうだと思うんですが、
ミッドウェーに関しては、違い意図があったような。
山本は、東京初空襲の責任を感じ、早期警戒の必要性から、ミッドウェー作戦
(ミッドウェー占領目的)を強行した。
一方で、米機動部隊撃滅を優先させるべしとの意見も強く、結果的に、作戦部
隊への命令には、占領と敵艦隊の撃滅とが併記され、作戦行動の不徹底を呼ん
だ。
そもそも、ミッドウェー作戦は、既に暗号解読により(水が不足などの
話が有名)、アメリカにバレバレになっていた状態が問題だったでしょう。
まあ、やらない方がよかった余計な作戦ですよね。


14 名前:やるとしても 投稿日:1999/09/20(月) 19:58
日本の国力では外洋侵攻作戦は絶対無理。
アメリカと日本の兵站支援と情報戦力の差は
救いがたいほど大きかった。
ハ−バ−ドに留学していたほどの山本は
絶望感との戦いだったに違いない...
ブ−ゲンビルはやっぱ自殺?

15 名前:いつも思う 投稿日:1999/09/20(月) 21:55
なんでアメリカ本土のワシントンやニューヨークを爆撃しなかったの?
わりと早い時期からマンハッタンのど真ん中に、特攻隊を打ち込んだりしてたら、
早期講和への道が開かれていたんじゃないかなって。


16 名前:開戦劈頭から 投稿日:1999/09/20(月) 22:10
風船爆弾を打ち上げまくっていたらどうだったか・・・。まじで
風船爆弾は本当は結構な戦果を上げていたらしい。(山火事とか)
トンデモ兵器のようにいわれるのはアメリカが風船爆弾による被害をマスコミから隠蔽していから。
(大した戦果が上がっていないように印象づければ、日本が効果を疑ってやめるという意図があった)
コストも資材もかからんし、数うちゃそこそこの効果は上がるし、良いと思うんだがなー。

17 名前:>15 投稿日:1999/09/20(月) 22:27
アメリカ本土まで飛べる飛行機は無いんじゃない?

ミッドウェーでアメリカ軍は太平洋にあるすべての空母(3隻)を投入
して(しかも1隻は先の珊瑚海海戦で中破して突貫工事でとりあえず
動くようにしたもの)、もしこれが撃破されたら大変だったかも
しれないけれど、太平洋を制してもワシントン、ニューヨークは遠い
から、大したプレッシャーにはならなかったかもね。
既にその頃は数十隻の空母を建造中であり、ダメコンや無線技術、レーダー
等のすべての点、国の総合力でアメリカのほうが勝っていたわけだからね。
歴史はあまり変わらなかっただろうね。

18 名前:>17 投稿日:1999/09/20(月) 23:35
ハワイを落とせるなら、かなり効果的だと思うよ。
アメリカもサンディエゴから、ハワイに艦隊をノーストップで
派遣し攻撃するのはかなり辛いだろうね。
B29も届かないわけだし、日本がしっかり防衛出来たなら、
ハワイ奪回はアメリカにしてもかなりの負担を強いるだろう。
長期戦は難しいだろうし、よしんば上陸したとしても、アメリカと
言えどサンディエゴからの直接補給はかなり困難。
潜水艦でズタズタにすることは可能でしょう。
ハワイがもし取れていて、補給可能なら、アメリカは講和に
応じた公算は大だと思うよ。

19 名前:>17 投稿日:1999/09/20(月) 23:48
それは大間違い。東京空襲があったんでしょ。アメリカが
1942年当時にできたことは、日本にもできるはず。

米国民に厭戦気分を引き起こして、そういう事態を招いた
米政府幹部を更迭するような責任問題を勃発させ、混乱を
引き起こす。マンハッタン空爆、それも特攻。なぜできない?

やられたらすぐ同等の報復を挑むのが普通の社会では常識
のはずですがね。。。単に気持ちが凹んでたんじゃないの?

20 名前:名無しさん 投稿日:1999/09/21(火) 02:36
アングロサクソンに厭戦気分なんておこんないんじゃないの。
ハワイを占領したりなんかしたら、数年後には原爆10発位おとされてたかも。


21 名前:じえい 投稿日:1999/09/21(火) 02:48
ミッドウエイ島はたしかアホウドリだか
なんだか知らないけどとにかく海鳥の大繁殖地です。
しかも人間をまったく恐れないからすげえ始末悪い。
鳥に囲まれては作戦指揮もとれねー。

22 名前:>20 投稿日:1999/09/21(火) 04:32
>アングロサクソンに厭戦気分なんておこんないんじゃないの。

重要な論点であり、まさにその通りです。だからこそ特攻隊を
マンハッタンの高層ビル街に突入させることが必要になるのです。
計算高くミサイルを打ち込むのではなく、狂気を見せるのです。

ゲーム気分の米国民にそういう形で戦争の真実を知らしめ、この
まま続くと、おちおち仕事もしてられなくなる、ということを認識
させるべきだったのです。


23 名前:当時の日本には 投稿日:1999/09/21(火) 06:08
原子爆弾を開発するだけの科学技術は全くなかったのでしょうか?
もしアメリカより早く原子爆弾を開発していたらアメリカにも勝てた
んでしょうね。

24 名前:>22 投稿日:1999/09/21(火) 17:51
だけど現実的に無理じゃん。
マンハッタンってどこにあるかわかってるの?

25 名前:でもさー 投稿日:1999/09/21(火) 18:36
結構テロは起きてるじゃん。
やれないことはないんじゃないの。
日本はもうちょっと汚い戦をやったらよかったんだよ。
アメリカ本土は無理と思うから駄目なんだよ。
やってやれんことはないって。


26 名前:第二次大戦中、 投稿日:1999/09/21(火) 19:01
日本軍は一度だけ、アメリカ本土を爆撃してます。
現在、そこには、「米本土に落とされた唯一の爆弾落下地点」という
記念碑が建っています。
爆撃したパイロットは戦後、アメリカに招待され、
てっきり「戦争犯罪で裁かれるのでは」と思いこみ、
日本刀をたずさえて、自決する覚悟で向かったそうですが、
逆に大歓迎を受け、日本刀をその町に寄付して帰ってきたそうです。


27 名前:名無しさん 投稿日:1999/09/21(火) 19:32
>26
それってイ400から出撃した彗星艦爆かな?


28 名前:>26 投稿日:1999/09/21(火) 19:33
その話、興味ある!!
出典など教えて

29 名前:>マンハッタン爆撃(笑) 投稿日:1999/09/21(火) 19:35
サンフランシスコとかならまだしも(それもちょぼちょぼね)
マンハッタンなんて絶対無理でしょう(笑)。特攻とか軽々しく
いうけど、大戦末期ならともかく米本土まで爆撃機運ぶくらいで
きる戦況ではしないですよ。
米軍が出来たのなら日本軍もって発想おかしいです。日本軍にま
ともな長距離爆撃機無いですもん。

30 名前:八紘一宇 投稿日:1999/09/21(火) 19:42
>米軍が出来たのなら日本軍もって発想おかしいです。日本軍にま
>ともな長距離爆撃機無いですもん。

これはおかしい。一式陸攻は3000シーマイルを越える航続距離を誇り、Bー17を凌ぎBー24並み。
日華事変では96陸攻が渡洋爆撃を南京に向けて行い、最初の戦略爆撃をしている。
だいたい「長距離」っていったって大平洋を渡ったり地球一周できる爆撃機はBー52ぐらいやがな、、。

31 名前:>30 投稿日:1999/09/21(火) 19:46
言葉が足りませんでした。
一式陸攻は一式ライターといわれるほど簡単に火が点くしろもの
ですよね。航続距離があっても制空権の無い米本土奥深くマンハ
ッタンまで侵攻不可能でしょ。
そこんとこがB24と大きな違い。もっともB17も一式と似た
り寄ったりですが。


32 名前:やるとしても 投稿日:1999/09/21(火) 19:50
米東海岸まで伊号潜水艦でいくの?
途中米軍の哨戒網に掛かって
撃沈されるのがオチでは?

33 名前:名無しさん 投稿日:1999/09/21(火) 22:03
戦術ではなくて、戦略ってのも大事ですよね。
相手国民の士気を低下させる、つまり凹ませるってこと。
アメリカが1942年当時すでに東京空襲を強行したのも
(↑当時のアメリカは制空権を持っていなかったですから、
 日本の勢力圏の奥深くまで入って東京空襲なんてのは
 戦術レベルで見れば、かなり無謀な、あり得ない話です。)
山本五十六を撃墜したのも、それを狙ってのことですね。
日本はそういう戦略的判断をやっていなかったのかもしれません。
個々の戦術が「無理」とか「不可能」とか技術論にこだわるばかりで。。。
判断するべき将官が小物だったんじゃないでしょうか?
単なる軍事マニア的秀才だったんだと思います。


34 名前:ドーリットル 投稿日:1999/09/21(火) 22:08
1942年のアメリカ軍による日本爆撃は、空母から発進した陸軍の
中型爆撃機によるもので、爆撃の後そのまま中国に抜けて中国の味方の
空港に着陸しました。
爆撃の被害はほとんど無かったのですが、アメリカ軍の反抗ののろしと
いうことで歴史的な事件です。 制海権も制空権も当時日本のもので
あった日本近海まで空母を進めて行った作戦ですから、まったく大胆な
作戦と言えるでしょう。

35 名前:>33 投稿日:1999/09/21(火) 22:14
神経戦、戦略、追い込まれたときのタフさ、全てアングロサクソンが
勝っているかもね。
ドイツ軍によるV1、V2ロケット攻撃で毎日のようにロンドンを空襲
され死傷者を出したイギリスは、意気消沈するどころか復讐心をかえって
強くしたからね。


36 名前:名無しさん 投稿日:1999/09/21(火) 22:45
>毎日のようにロンドンを空襲

これがダメなんですよ。秀才の発想。
無謀さ、大胆さ、狂気が大事なんです。

37 名前:そりゃそうさ 投稿日:1999/09/22(水) 00:17
最初の頃は、政府の呼びかけで、復讐心を燃やすさ。
けど、次第に萎えてくるもんさ。
ドイツはどの道長くないという楽観さもあったと思うよ。
しかも単発だしね。爆撃効果なんてしれたもの。
それよりは、チャーチルやった方が効果はあっただろう。
どいつはV1、V2を投入するのが遅すぎた。
開戦劈頭にやったらさぞチャーチル、スターリンを
震え上がらせただろうよ。

38 名前:あああ 投稿日:1999/09/22(水) 13:47
ドーリットル隊って奇襲爆撃には成功したけど結構撃墜されたりし
ちゃって戦後アメリカに帰れたのは僅かだったので、やっぱり無謀な
作戦だったのでは?

 それに当時のアメリカ海軍は戦力がなかったのでヒットエンドラン
作成ぐらいしか実行して有効なものが無かったので、戦略的に考えた
というより、今の持ち駒で出来うる最善の策だったというだけなので
は?


39 名前:>30 投稿日:1999/09/22(水) 14:26
一式陸攻って爆撃できるんですか?
なんだか輸送機のイメージありますが。。。

島の攻撃には、空母 + 攻撃機 + 爆撃機。
陸の攻撃には、人海戦術。
じゃないでしょうかね。

アメリカ大陸の攻撃は、やっぱり風船爆弾でしょう。
アメリカでは風船爆弾に細菌兵器を載せられるのが怖かったようですが、
日本はそこまで考えてなかったんですね。


40 名前:>39さん 投稿日:1999/09/22(水) 18:25
>なんだか輸送機のイメージありますが。。。
山本五十六が乗ってて撃墜されたせい?
フィリピンのクラーク基地爆撃とか、やってたと思いますよ。
プラモデル作ってならべてみるとわかるとおもいますが、
双発なのに胴の太さが四発のB−17と変わらなくて、
居住性はよかったみたいですね。
ただ、味方に「一式ライター」と呼ばれ、嫌われたのも事実。

41 名前:ちょっといっぷく 投稿日:1999/09/22(水) 19:37
スピルバーグの映画「1941」は、アメリカの戦意を喪失させるため、
アメリカの象徴ハリウッドを、伊号潜水艦で攻撃に行く話でした。
日本軍がえらく好意的に描かれていました。

「1941」冒頭に出てくる説明
”アメリカ国民は真珠湾奇襲に驚き、かつ怒ったが、
特に西海岸の住民はカリフォルニアが第二の攻撃目標になるのではと
心理的なパニック状態におちいった”


42 名前:>40さん 投稿日:1999/09/22(水) 20:02
> >なんだか輸送機のイメージありますが。。。
> 山本五十六が乗ってて撃墜されたせい?
ですね。一式陸攻というとそれしか思いつかない。
撃墜されたのは、一式陸攻のせいだと思ってます。
「一式ライター」。。。そうかもしれない。

ミッドウェーですが、真珠湾の成功の思いあがりで
同じような形でやってしまったのが敗因じゃないでしょうかね。
まぁ、暗号解読されていてばればれだったというのも大きいですが。

でも、もし、ミッドウェー勝ていたら、だいぶ戦局は変わっていた
でしょうね。

>1
もしかして、「加賀」って赤城、加賀、、、、の加賀?


43 名前:一式陸攻 投稿日:1999/09/23(木) 00:33
開戦当時、イギリスの戦艦を魚雷攻撃して撃沈したのは一式陸攻じゃなかったかな。
97式かもしれないけど。
攻撃には強いけど、防御に弱いのは日本の軍用機の特徴だね。 ゼロ戦も
防御の弱さが、後に命取りとなったからね。

44 名前:at 投稿日:1999/09/23(木) 01:13
>43
マレー沖海戦、両方とも行ってますね。
確か、鹿屋航空隊と高雄航空隊の2つが行ってて
どっちかが97中攻でどっちかが1式の部隊です。

45 名前:一式陸攻って 投稿日:1999/09/23(木) 01:15
そんなに悪くなかったんじゃないの?
責任問うなら、後継機の開発ができなかったからでしょう。
富嶽があったらなー、まあ夢物語で終わりましたが、あれがあれば
すごいことになったでしょうね。
400機でもあれば、勝ったかもね。

46 名前:>27 投稿日:1999/09/23(木) 02:21
潜水艦はイ400ではないはず。もっと小型の潜水艦に水上偵察機の組み合わせだったと思う。山火事を狙って焼い弾を投下したが不発だった
という話。ちなみに、潜水艦による米本土砲撃も二三度行われていたはず。(効果は殆ど無かった)
伊400の出てくるのは終戦直前のウルシー泊地奇襲作戦。
当時世界最大の伊400潜水艦に水上爆撃機「晴嵐」を搭載して、連合軍の艦隊が在泊しているウルシー泊地を奇襲しようとしたが、目的地に向かう間に終戦を迎え中止。
ちなみに伊400はパナマ運河を奇襲し、破壊せしめることを目的に開発された「潜水空母」で「晴嵐」を三機だか搭載できた。
この、「潜水艦に飛び道具を持たせる」という発想は後の戦略原潜の走りとも言えるもので、非常に先見の明があったと思う。
もしも、「晴嵐」ではなくミサイルが伊400に搭載されていたらなかなか面白いことになっていたのではないか?

47 名前:>46さんに補足 投稿日:1999/09/23(木) 02:49
昭和17年9月9日と29日の2回伊25に搭載された零式小型水上機
でオレゴン州の山に小型焼夷弾で爆撃を行っています。
>27さん
伊400に搭載してたのは水上爆撃機の
晴嵐ではなかったですか?(彗星艦爆は艦上爆撃機だったような)


48 名前:うしし 投稿日:1999/09/23(木) 04:00
ドーリットル隊の東京爆撃にしろ、日本の潜水艦搭載機による爆撃
にしろ、エリート海軍士官の思い上がりによるスタンドプレーとし
か思えない・・
戦争って(特に昔の総力戦)ってジワジワと勝敗が決まっていくも
のでしょう?


49 名前:>48 投稿日:1999/09/23(木) 15:05
ガダルカナルの航空撃滅戦がその例だね。
日本はむしろ撃墜数では米国を上回った。 しかし、航空機も乗員も補充が
少ないのに大して、米国はいくらでも投入してきた。
これが総力戦での、国力の差。
それと、日本は撃墜されると、生きて帰ることなど期待されていない、むしろ
恥だと考えられていたけど、米国は逆。 脱出した乗員を潜水艦などで
回収するシステムが発達していて、ベテラン乗員を無駄死にさせないことが
乗員の錬度を維持するファクターとなっていた。
日本のパイロットは、どんどんと新人ばかりで錬度をおとしていったけどね。
武士道では総力戦は勝てないね。

50 名前:せっかく 投稿日:1999/09/23(木) 16:29
使える搭乗員を、救助態勢の不備
からみすみす犬死にさせるような
国は、絶対総力戦には勝てない。

51 名前:もと98使用者 投稿日:1999/09/23(木) 16:59
46さんの
>もしも、「晴嵐」ではなくミサイルが伊400に搭載されていたらなかなか面白いことになっていたのではないか?
ドイツではUボートから発射する実験をして他みたいですが、日本ではさしずめ噴進弾といったところでしょうか?

52 名前:>49 投稿日:1999/09/24(金) 04:57
ヒトラーなどは、沈没させたあとに絶対に乗組員を相手国に救助されない
ように厳命していたそうですね。
船は短期でできる。乗組員育成は長期間かかるから、と。
発想がものすごい、、、

53 名前:age 投稿日:1999/09/25(土) 00:44
新高山上れ。マンハッタンに特攻し生きて帰るべからず。

54 名前:>49 投稿日:1999/09/25(土) 03:56
そうですね、現在の社会にも
似たような話しが
派遣会社のような所ではあるみたいですね。
日本人て、人材を育てるコストを軽視する
傾向があるのかしら…



55 名前:>49 つか 投稿日:1999/09/25(土) 04:45
人材育成が下手糞なだけです。
一部だけと思いたいが、日本の人材育成ノウハウは
昔の徒弟制度のそれと変化していないフシもある様に
見える。

56 名前:退役軍人 投稿日:1999/09/25(土) 07:53
戦前、日本軍は1銭5厘と20年で人材は得られたが、
兵器は物資不足、工業力劣位のため、補充が困難だった。

米国をはじめ他の軍事強国は、戦車、戦闘機で数ヶ月、戦艦でも2年で補充が可能だったから、
人材を大事にした。

日本軍は死して虜囚の辱めを受けずとか言って、捕虜生還を嫌った。
他国はこの場合、英雄になる。

日本軍は、弾薬つきても最後まで戦え。他国は、戦う手段がなくなり負けたとなったら降伏を奨励した。

とにかく日本は人命を軽くあつかった。



57 名前:at 投稿日:1999/09/25(土) 08:26
秦邦彦氏の、日本人の捕虜観について、歴史的にまとめた本が
面白かったです。
「日本人と捕虜」とかいうの。
それによると、戦塵訓のずっとまえの日露戦争位から、自国の軍人が
捕虜になるのはダメだったらしいね、軍がというより国民が。
旅順封鎖戦の時の捕虜さえ、国元に帰ると、村八分になったりしたら
しい。国民性というのがあるんだな。

58 名前:やっぱ 投稿日:1999/09/25(土) 13:27
あかんね精神主義は、
軍隊も人間科学と生理学を大事にせねば。

59 名前:at 投稿日:1999/09/25(土) 14:55
>57 間違えました。
秦郁彦 日本人捕虜  原書房 でした。失礼しました。

60 名前:もし勝っても 投稿日:1999/10/23(土) 03:13
1回どこかで負けてそこからおかしくなって結局駄目でしょう。
日本がアメリカに勝つにはパーフェクトゲームでないと。
そーいう小説が朝日ソノラマにはありましたが。

61 名前:退役軍人 投稿日:1999/10/23(土) 05:36
今も、訓練の最後の仕上げは、銃剣による突撃らしい。
これから、少子化時代を迎えて、人命尊重の軍隊に
せにゃいかんな。

62 名前:屯田兵 投稿日:1999/10/24(日) 00:10
唯一、日本がアメリカに勝てた場合は、
日本が先に原爆の開発に成功し、大量生産した場合。
でも開発体制からいって、それも無理だったけろうど。

63 名前:まともに考えたら 投稿日:1999/10/24(日) 15:44
変だよね。
 そもそも最前線の危ないところに行かなかったら捕虜に
ならないんだから。
 捕虜になったからって駄目駄目扱いする方が卑怯だよ。

64 名前:名無しさん 投稿日:1999/10/27(水) 16:31
潜入訓練のときも最後は銃剣突撃だったよ。

65 名前:ソミュア 投稿日:1999/10/27(水) 18:30
反則技だけど敵地への核物質の直接散布がありますね。
パナマ運河とかハワイとかに撒いたら効果絶大。


66 名前:娑婆の人 投稿日:1999/10/31(日) 05:58
自衛隊も、虜囚の辱めを受けずといった戦陣訓を教育してるのですか。
どのような場面になったら、先頭意志を放棄して、白旗を掲げるよう
指導してるのでしょうか。

一般市民の安全を第一に確保する事を念頭に作戦を立てられるのでしょうか。
もう、沖縄戦のような作戦は立てないのですね。

67 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/10(土) 05:34
テストあげ

68 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/13(火) 02:18
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69 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/14(水) 05:44
あいかわらず、負犬根性が大勢いるな。

アングロサクソンのタフ?
今の社会に通じる旧日本軍の欠点?
人材育成が下手?

どれもこれも、だれかが思いつきで行ったことばかりじゃないか。
視点を変えれば逆のことも言えるさ。

自分の発想を持てよ!
新しい若者!

ひとつだけ言っておく。

いまどき、旧日本軍の失敗を現在の経営だの、組織だのに結びつけて、
自分の日常の欲求不満(思い通りにサラリーマン生活が送れない)
ことを妄想で持って批判している。
そんな、組織にがんじがらめの、動脈硬化な発想を帝国陸海軍と
同列にするなっていうの。

命かけたものと、せいぜい、会社の「くび」。
この違いは大きいのだ!


70 名前:>69 投稿日:2000/06/14(水) 07:49
じゃあどうすりゃいいのん?
御教授願いたいですな。


71 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/14(水) 11:11
>62
同意です。
30年近く素人ミリタリーマニアやってますが、ホントにこれしか可能性
がなかった様に最近は思っていますよ>日本の勝利
可能性は限りなくゼロに近いけど、まだ絶対不可能ではないから。


72 名前:>69 投稿日:2000/06/14(水) 12:24
負け犬はよそで吼えてな。

73 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/14(水) 17:24
69は単なる煽り。
以前のミッドウェイスレッドにも来てたよ。

74 名前:海の人 投稿日:2000/06/14(水) 19:52
>61,64
 あの銃剣突撃は、まぁ苦しい訓練の最後にカタルシスがあった方が良いなぁ
という「気合い入れ」程度のもんなので、まじめに受け取っちゃいけません:-)
 海自は無いですけど(たぶん空自もないですよね)陸自なら別途銃剣での戦闘
訓練とかしてるみたいですし(って、これも普通科だけなのかな?)

>62,71
 そうですねぇ、「この作戦」とか「この戦役」では勝てたでしょうけど
司馬遼太郎言うところの「狐に酒を飲ませて馬に乗せたような」当時の日本と
帝国陸海軍では、たぶん史実通り「負けるまで」戦争やって、負け始めたら
どうしてよいか判らなくなって天ちゃん担ぎ出す・・・ということには変わり
ないように思います。
 そういう意味では、「ヤルタ・ポツダム体制粉砕」を叫ぶ左右翼の主張は
正しいかもしれない、やり方は大きく間違ってるけど(^_^;

>57,58,59,63,66
 海自には明示的に、捕虜になったり、捕虜をとったりということに対する
訓練や守則があるわけではないのですが、これは任務の性格上どうしても
そういうシチュエーションにいたることがあまりない(特に現代海戦では
相手の見える距離まで近づいて撃ち合いと言うことはあり得ないので)から
ではないかと思います。
 たぶん陸自にはきちんと捕虜に関する規則や、遺体の埋葬方法などに関する
守則も定められているのではないかとおもいますが。



75 名前:> 投稿日:2000/06/18(日) 16:25
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