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日本海軍のダメコンはなぜだめか

1 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/27(土) 11:24
戦前は「浮かぶ城」と海外でも評判だったのに、あっという間にクラス壊滅の
憂き目にあった高尾型重巡。
打たれ強いといわれた鈴谷型も、三隅と最上はともかく他はあっさり。

戦艦にしても金剛のように周りもびっくりするほどあっというまに沈む。
空母に至っては、軽空母は瑞鳳とその姉妹艦あたりはまだしも、他は浮
かぶ棺桶、正規空母も信濃・大鳳は別としても翔鶴のように溶けるよう
に沈められる。

水線上と水線下の違いはあるとはいえ、特攻攻撃を受けて全艦火だるま
となったり半分沈みながらも生き延びる米艦艇と比べて、日本艦艇のこ
の沈みやすさはなぜなんでしょうか。


2 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/27(土) 11:54
ダメコンの指揮を(専任の)戦闘部署として持つ士官がいない
というのを聞いたことがあるんだけど、これって本当なのか
な。
本当だとしたらあまりに酷いというかこれまでの海戦で何を
学んで来たんだと言いたくなる。

3 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/27(土) 12:05
魚雷に対しては船は脆弱です

4 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/27(土) 12:51
日本の空撃は単発だったのに対し、大戦末期の米軍のは何群もの機動部隊の
波状集中攻撃でしたから、その辺は差し引いてあげたい。

金剛は被雷後結構持ちこたえたけど、いいかげんガタが来てて歪んだ外板の
隙間からとかの浸水でアウト(そりゃー防げん)。
扶桑・山城に至ってはいかんせん設計が古すぎた。

日本の重巡は、両舷の缶室機室の間にがっちり隔壁があって、片一方に浸水
するとどんどんそっちに傾斜しちまうって弱点があったと聞いたが、いかに。

耐弾性とか装甲厚とかにはそれなりに気を配ってたんだろうけど、水中防御に
関しては日本は意識が薄かったか?

あと、日本側が米艦艇に与えたダメージは、水線から上が圧倒的に多い事も
注意。特攻攻撃は強力だけど、いくら上構が大破しても浮かんでりゃまた
直せる。概ね日本側は潜水艦と雷撃機がイマイチ振るわなかった。

加えて、トン数あたりの乗員の頭数は米艦のが圧倒的に多い。
ダメコンは頭数が勝負だから、この差は大きい。

5 名前:>4 投稿日:2000/05/27(土) 13:32
金剛型と扶桑・山城は金剛型の方が古かったような気がしますが?

91式徹甲弾とかを作っているぐらいだから意識が薄かったわけでは
ないのでは?


6 名前:秋月級駆逐艦は 投稿日:2000/05/27(土) 23:49
けっこうしぶといぞ、秋月とか涼月なんかは船体の一部をうしなっても
かえってきてる。

7 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 01:58
金剛はイギリス製なので丈夫。
日本製の同型艦3隻とは違う。
福井静夫か誰かの本に書いてあったけど、
金剛だけ丈夫なので
修理の際にドリルが折れてしまったらしい。

8 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 02:25
日本海軍の魚雷重用の面もあるのでは。
結構誘爆起こして撃沈or処分ってのが
多くありませんか?
ただ、ここを突き詰めると持てる国と
たざる国の悲哀になりますが。

9 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 12:08
赤城・加賀・蒼龍よりはるかに被弾時の条件の良かった飛龍も、
爆弾4発で行動不能。
1航艦がインド洋でなぶり殺しにしたハーミスより脆弱かも。

10 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 14:14
武蔵が沈没した時は敵機の雷激もなくて皆復旧作業に専念できたそうだけど、
大和の時はほとんど絶えまなく攻撃されてたから混乱してたそうだ。
自分の持ち場が仕様不能になるとそこでタバコ吸ってたらしい。

11 名前:ぽんぽこ 投稿日:2000/05/28(日) 14:43
>4と同意見だが戦争末期の人材不足も要因もある大鳳を見るようにたった一発の魚雷で液化ガスの流入で大爆発おこし沈んだように又信濃もしかり状況判断ができる上官が皆無に等しく沈んだ場合が末期にかなり出てきたそうです

12 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 15:58
大和級は、最上級から持ってきた副砲塔まわりのほかにも、
装甲の取り付けに欠陥があって水密構造が弱かったというね。
大和級でさえそうなのだから、他の艦はもっと弱かったのでは?

13 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 19:13
>5
それ言ったら、巡戦ってコンセプト自体が過去のものですから。(笑)
改装して戦艦になったけど、あれは事実上巡戦でしょ。つまり「戦艦と
撃ち合うための船」じゃないって事。旧軍もそれが解ってて機動部隊
随伴用として有効活用した訳だし、その意味ではまだ使える船だった
訳ですな。
ところが扶桑・山城は鈍足の戦艦と打ち合いやる以外に使いようの無い
船。そうなると大落角弾に弱い設計の古さがのしかかる・・・
イギリスなら大活躍させただろうけど。QE級より確実に強いし(笑)。


14 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 19:29
>6
彼らに限らず、駆逐艦級だと予備浮力の関係で船体のかなりの部分を
失っても生還、って場合が結構あったみたいです。
有名どころでは、第二煙突の前から半分失って、仮艦首と仮設艦橋
付けたまま本土に帰るチャンスを伺いながら戦い、船団と一緒に帰ろうと
したらハルゼーの機動部隊と出くわして沈んだ「天津風」。
その時米軍機が撮った写真が結構有名だと思うのですが、妙ちきりん
にして壮絶な姿です・・・。
他にキスカで同時に潜水艦にやられた「不知火」「霞」なんかも似たような
状況だったそうな。

あとイギリス海軍。一次大戦時、「ズールー」「ヌビアン」って同型艦が
それぞれ艦首と艦尾を失った。で、いちいち作り直すのが面倒臭かったか、
二隻をニコイチにして一隻にしちゃった。その名も「ズビアン」。
・・・ベタだ・・・(笑)
あとドイツ駆逐艦の魚雷二本を受けて二番砲から前・二番発射管から後ろを
失ってダルマ状態になりながら生還した「ジャベリン」。

アメリカに目を転じれば、ルンガ沖で田中艦隊にやられた「ニューオリンズ」
「ミネアポリス」。それぞれニ番・一番主砲から前を失うも持ちこたえる。
すぐさま本国のドックに連絡を取り、失った部分を揃えてスタンバイ。主砲は
長期修理中の同型艦から持って来たとか来ないとか。で、両艦が到着した頃には、
後はくっつけるだけだったそうな。

かくも奥深く、豪快なエピソードの多いダメコン。
資料的にいい本がないか探してるんですが・・・

15 名前:海の人 投稿日:2000/05/28(日) 19:37
>14
 うをを、天津くらいは知ってたんですけど、それ以外にもこんなおもしろいはなしが。
 是非そのほかの話も聞かせてください:-)



16 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 19:42
>ダメコンの指揮を(専任の)戦闘部署として持つ士官がいない
> というのを聞いたことがあるんだけど、これって本当なのか
> な。
有りますよ。戦艦だと「内務課」がそれです。
応急修理や、注排水を受け持ちます。
応急修理用の指揮所も艦内に設けられていたとか。

17 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 19:48
青葉は不死鳥のごとくいつも生きて帰った

18 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 20:33
信濃は戦時急造のため、防水区画が仕上がっていなくて
工事が混乱したため、大和を建造した呉に回航して仕上げを
行おうとして被雷。
魚雷を喰った当初は乗組員(殆ど工員)も沈むとは思ってなかったが、
浸水が止まらず遂に転覆、沈没。

だめ紺は関係ない。

19 名前:アビエーター 投稿日:2000/05/28(日) 20:36
 旧日本海軍の艦船は、燃料タンクなどの気密性が弱くそこからの
ガス漏れに引火誘爆するというパターンが多かったらしい。
 旧日本海軍の兵員だった祖父が言っていました。

20 名前:>18 投稿日:2000/05/28(日) 21:12
同感。
確か水密試験も何もしてなかったんですよね。
未成艦だから評価には値しないと思います。

21 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/28(日) 21:23
>魚雷を喰った当初は乗組員(殆ど工員)も沈むとは思ってなかったが、
>浸水が止まらず遂に転覆、沈没。
これをダメコン欠如といわずしてなんという。
未成艦というのを割り引くにせよ、ちょと酷いな。

22 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/29(月) 15:21
>18
信濃の工事関係者の話しでは、水線から下の部分については気密試験まで
ちゃんとやって仕上げたそうですよ。
むしろ被雷時の注排水操作の方に問題があったと言われていますから、やはり
ダメコンの制御に失敗したと見るべきでは?


23 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/29(月) 21:44
 米国の軍艦、例えばアイオワ級は4万5千トンの船体に
22万馬力のエンジンですが、日本は6万5千トンに15
万馬力です。被弾したら性能が落ちますから港に帰るだけ
の余力がないと思います。ちなみに空母ヨークタウンCV
5は飛竜の攻撃を受けて機関が1缶になりましたが、18
ノットの速力を維持しています。これに対して赤城は爆弾
1発で機関が全滅しています。また、米軍は艦内の換気シ
ステム(レキシントン級は例外)が簡単でガス抜きが出来
たのに対して日本軍のは出来ません。
 私の私感ですが、船体性能に余裕があるか無いかの違い
だと考えます。高雄級は9千トンの船体にあれだけの武装
ですからダメコン能力は低いでしょう。悪く言えば平賀設
計に問題があったのではないでしょうか?


24 名前:13 投稿日:2000/05/30(火) 02:05
それ言ったら、WW1のドイツ戦艦はどうなるのさ。22ノット
そこそこ。(笑)要は浮いていればいいのですな。

空母の構造の違いには注目すべきでしょう。
日本艦が、船体の上の構造物として密閉式の格納庫をがっちり
作り、その上に飛行甲板を張ったのに比べ、アメリカ艦は船体の
上にまず飛行甲板を乗せ、上甲板と飛行甲板の間のスペースを
単純に格納庫にしました。つまり隙間だらけの開けっぴろげ。
雨風しのぐ時は適宜シャッターで締め切る開放式だった訳です。
故に、自然通風。
対して日本艦は強制通風でした。「千歳」型など、その空調の
設計が悪くて年中蒸し暑く、不評だったと言います。

で、その開放式格納庫のおかげでガスがこもる事もなく、また
爆弾が格納庫まで飛び込んで炸裂した時には、開放部から爆圧が
逃げてくれて以外にダメージが少ない、とまことに結構な設計
だった訳です。
その代わり、格納庫部分の対弾防御は無きに等しくなりますが、
エアクラフト・キャリアーとして割り切った訳ですね。

さて密閉型の日本艦。同様に爆弾が格納庫で炸裂したらどうなるか。
行き場のない爆圧は、一番弱い所を突き破ります。つまり、板張りの
飛行甲板です。故に日本空母は一発爆弾食らったらもう発着艦不能、
という事が多かったのでした。

25 名前:13続き 投稿日:2000/05/30(火) 02:19
日本重巡、砲塔積み過ぎです。(笑)
同時期の日本とアメリカの条約重巡を比較した場合、兵装部分の
長さ、つまりバイタルパートの長さはあまり変わりませんが、
砲塔が5基と3基ではアキレス腱の弾火薬庫部分の長さが大違い
です。
一門でも多くの砲を、という気持ちは解りますが、そのくせ
「三連装にすると砲塔要員に特別の訓練が必要になり面倒」と
いう理由で連装砲塔にこだわった辺り、どうにもチグハグな
印象が否めません。
防御に割ける重量が限られているのなら、三連装にした方が
お利口だった・・・と言うのは今にして言える事ですね。(笑)


26 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 07:23

戦争にずーと勝ち続けていたから大負けして被害
を受けた場合の想定をしていなかったんでしょ

犯罪者がいるから法律が考え出され
医学は病人が存在するから発達したのと
同じ理由


27 名前:アメリカも 投稿日:2000/05/30(火) 07:31
大負け経験してないぜ。
他国の戦訓からも読みとる国はちゃんと読みとってるよ。
読みとる気があればね。

28 名前:>25 投稿日:2000/05/30(火) 09:43
連装砲塔は高速化のための船体形状や、被弾時の戦闘力低下を
嫌ったのもあるのではないでしょうか。

29 名前:>28 投稿日:2000/05/30(火) 10:06
つまりダメコンを犠牲にして高速化や被弾時の戦闘力低下防止を
とった、というわけだ。

30 名前:>29 投稿日:2000/05/30(火) 12:23
多砲塔化しての被弾時の戦闘力低下防止は立派なダメコンの一つでは?
砲塔重量増大と引換してまで採用してる訳ですし。
問題点としては缶室配置や船体構造の方が重要でしょう。
そして何かと軽視された応急用資材・機材・訓練ですね。

31 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 12:31
ダメコンの目的を戦闘能力維持に向けるか、艦喪失、人員喪失防止
に向けるかの思想の差かね・・・。

32 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 16:55
人員喪失防止・艦喪失防止はつまるところ全体的な戦闘*力*維持ですわな。

やっぱ「来るべき艦隊決戦時」の武器キャリヤ以上のものではなかったの
か>日本艦


33 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 17:25
長門なんか原爆実験に使用されたが、他の艦艇に比べても
結構しぶとかったのではないでしょうか?

34 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 17:51
合掌。
http://www2.freeweb.ne.jp/~kkd/gf4_4.htm


35 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 19:58
 旧日本海軍を上回るダメコン無し海軍がありました。
20年前の英国海軍です。駆逐艦シェフィールドは、不
発のエグゾゼ一発で沈没!!他にも不発弾処理の失敗で
沈んでいます。これよりはマシかもしれない


36 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 20:09
>24
 WW1のドイツ巡洋戦艦ザイドリッツですよね。あれは
25000トンの船体に67000馬力の機関です。これ
に対して航行不能になったリュッツオは27000トンの
船体n対して63000馬力なんです。帰ったザイドリッ
ツは帰れなかったリュッツオより小型で馬力があったので
す。つまり出力に余裕があるのですよね。
 私はダメコンに関しては、被弾した後(どんな船でも同
じと思う)にどれだけ元に近い状態に戻すかだと思うので
す。日本海軍の場合、被弾したら内圧で甲板が壊れるので
修理不能!!装甲の内側が主砲なので誘爆し易い!!これ
は修理不能と考えます。これに対して米軍は甲板が被弾し
ても破壊されない!!機材に余裕があるから直ぐに戦闘速
度に戻せるのだと思います


37 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 21:48
日本の機関は、材質や設計の遅れで機械工作上の安全性を高く取らないといけなくて蒸気圧や蒸気温度が低い。
だから同じ馬力でも容積や重量の重い缶を使わないといけない。
減速歯車の設計や工作でもずっと低圧タービンや高圧タービンで1段減速しかできなくてこれも大きなタービンが必要
スクリュー回転数を下げられないため小径高回転のスクリューなんで効率が低い。

これやあれやで機関に関して技術力が低くて効率が悪いのに高速を目指したのでただでさえ
容積や重量を喰う機関部が防御を圧迫したのです

38 名前:>35 投稿日:2000/05/30(火) 21:49
シェフィールドが沈んだのはミサイルがたまたま調理室近くに命中して
フライを揚げる為の油に引火して大火事になったせいだと聞きましたが本当なのでしょうか?


39 名前:>38 投稿日:2000/05/30(火) 22:34
艦内で揚げ物なんかやる所が駄目コンの所以。

40 名前:>35 投稿日:2000/05/30(火) 22:40
えー。本当ですか。どんな油なんですか?
JP4??

41 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 22:45
>35.38
 事実はどうなのかは知りませんが、実際はアルミの船体が
火に弱くて、エグゾゼの残り燃料が引火したらしいですね。
 まーるで、ミッドウェイ時のジャパニーズ空母!!あの時
は艦内を化粧していた部屋壁のペンキが熱で溶けて次々と炎
上したと当時の関係者が執筆していた。

42 名前:>41 投稿日:2000/05/30(火) 23:22
船の内装は、戦訓によるものが大きいみたいですね。
舷窓もそうですし。
その点日本とアメリカはたっぷり授業料を払いました。
その点、露助の艦は帝政時代の名残か、よく燃えそうです。

43 名前:>42 投稿日:2000/05/30(火) 23:27
舷窓の無い船というのは、なかなか受け入れられなかったんちゃうか?



44 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/30(火) 23:48
日本が第一次大戦にもっと深く介入してたら、戦訓により、
ダメコン能力とかも違ったかもしれませんね。

第一次大戦で海軍が得た戦訓は駆逐艦クラスの船にも必ず
軍医と医務室を置くべし。だっけ?

45 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/31(水) 02:08
>44
地中海に海軍を派遣してUボートと戦闘してるのに。
対米戦開戦後の対潜技術のお粗さ

陸軍にしてもノモンハンの戦訓活かしてないし

46 名前:>44 投稿日:2000/05/31(水) 02:21
だって、派遣した日本の駆逐艦はまだ対潜兵装積んでなかったじゃない。
当時の主なUボートへの対抗手段は、砲撃とか体当たりとかでは。
後は掃海具を使ったり…… 。

47 名前:ww1地中海派遣艦隊は 投稿日:2000/05/31(水) 02:41
200人以上の病死者をだしたそうです。その大半が、健康管理の
不手際らしいです。中公文庫の世界の歴史シリーズにのっていました。

48 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/31(水) 03:03
いろいろ言っても、やられるときは日米同じさ。

重巡インディアナポリス、2本の魚雷で轟沈。(実質1本)。
空母ワスプ、3本の魚雷で沈没……etc.

49 名前:>47 投稿日:2000/05/31(水) 03:05
病死の原因は、当時ヨーロッパで大流行したスペインかぜ。
ろくな薬がない当時は、肺炎とかでもすぐ死ぬ。

その戦訓が44のレスになる。

50 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/31(水) 06:14
森鴎外が麦飯を認めず、大量の脚気による戦病死者をだしたな。

51 名前:馬と鹿 投稿日:2000/05/31(水) 09:38
 日本海軍が地中海艦隊を更に派遣していたら、
>44他
『サウンドオブミュージック』で有名なゲオルク・
リッターvトラップ男爵の戦果が増えていたよう
な気がします。対潜装備のない駆逐艦なんて、彼
の敵じゃないでしょう。実際、榊はトラップ男爵
の後輩にやられてますから

>42
燃えそうどころか燃えましたよ!!バミューダ沖
で米海軍の駆逐艦に体当たりされた原潜!!火災
発生して結局沈没しました。素晴らしい駄目コン
成長ぶりですね

52 名前:名無しさん 投稿日:2000/05/31(水) 09:48
>51
>> 対潜装備のない駆逐艦なんて、彼の敵じゃないでしょう。
そこが目当てなんですよ。
危機に直面しないと行動起こそうとはしないでしょ?
事実、陸軍は欧州に観戦武官を派遣して、戦例研究してるのに、
結局、無視しちゃったでしょ?
大規模な損害を被っても、何もしないってこともあり得るけど。



53 名前:42 投稿日:2000/05/31(水) 10:11
>馬と鹿氏
確かに露助のフネはよく燃えますね・・・
かの国の艦艇は素晴らしい部分がある反面、問題点や共産時代に
ありがちな手抜きも多発したようです。
ご存知かとは思いますが、潜水艦に関してはこちらのサイトが詳しいですね。
http://www.mita.keio.ac.jp/~h9550095/index.html
がんばれ露助の水兵さん(涙)

>52氏
たぶんダメだと思います。
基本的に日本の官僚機構で外に出る人は「出世コース」から外れた
場合が多く見受けます。また、ノモンハンでもそうだったように
前線の責任者が詰め腹を切らされておしまい、だったのではないでしょうか。

54 名前:>53 投稿日:2000/05/31(水) 15:24
>基本的に日本の官僚機構で外に出る人は「出世コース」から外れた
>場合が多く見受けます。

オイオイ、陸軍が第1次世界大戦の戦訓研究に派遣したのは、
永田鉄山らの陸士16期三羽烏や石原莞爾といった超エリートだよ。
海軍も委員会の類を作ってドイツの潜水艦戦とか研究したけど、
報告書をたくさん作って終わり。ぜんぜん生かさなかった。

55 名前:>54 投稿日:2000/05/31(水) 15:56
>永田鉄山らの陸士16期三羽烏や石原莞爾といった超エリートだよ。

おいおいそいつらは、殺されたり、早期に退役させられたり、ダメダメじゃん>超エリート

56 名前:52 投稿日:2000/05/31(水) 16:11
>53
今、仕事先なんで細かい資料がないのですが、第一次大戦で欧州に出た観戦武官達は、
以外と健全な研究報告書を作ってます(「歩砲姉妹論」とか)。
それに陸軍が歩兵第一主義に陥ったのは、ドイツのシュトルムトルッペンの影響を受けた後です
(これは戦訓を誤解・曲解した好例ですね ^^;)。
海軍の場合でも、ジュトランドばかりに目を向けず、嫌でも潜水艦と対潜作戦に注目するようなことになってしまえば、
史実とは違った展開になった可能性が高いと思います。
それに海軍があれほど硬直化したのは、もっと後ですね。
>54
第一次大戦の研究を一番生かした例というと下村定陸相の武装解除でしょうか?(汗)
なんか、虚しいなぁ(^^;


57 名前:馬と鹿 投稿日:2000/05/31(水) 19:15
陸軍バーデン・バーデン三羽烏とは永田鉄山(相澤中佐が惨殺)
・小畑敏四郎(中将で退役)・岡村寧次(支那派遣軍司令)の3
人です。ちなみに永田が統制派のボスで、小畑が皇道派のボスで
す。WW1の教訓が昭和軍閥の対立を生んでます。つまり、教訓
活かすどころか戦争まっしぐら…

 でも冷静に考えると日本海軍って戦争の度に港で戦艦が爆沈し
てません?三笠・攝津・陸奥…情けない

58 名前:パガニーニ『天皇の陰謀』 投稿日:2000/05/31(水) 20:15
バーデンバーデンで思い出してしまったよ。トンデモ本、だろうなあ

59 名前:>57、58 投稿日:2000/05/31(水) 20:42
陸軍の話が続いてしまうが、
実戦で部隊を指揮させると皇道派の将軍の方が強かった。
柳川平助とか山下奉文とか。

あとバーガミニだよ、トンデモ本の著者は。邦訳者は電波左翼のいいだもも。
パガニーニはバイオリニスト。

60 名前:58 投稿日:2000/05/31(水) 20:50
ごめん。自分でも書いてて頭の中に順列入替が無数に駆け巡ってました(笑)

ちなみにあれ原著もトンデモだけど、原文にはない訳文がはいってたそうです。
・・・ええ、例のタイトルそのものの部分です

61 名前:?1/4???w 投稿日:2000/06/01(木) 00:21
ソ連もロシアも大変ね(泣

http://www.mita.keio.ac.jp/~h9550095/ensub/ru_frame.html

62 名前:馬と鹿 投稿日:2000/06/01(木) 18:54
>59
 確かに皇道派の指揮官は優秀ですね。でも一番優秀だった
のはノンポリだった栗林と牛島でしょう。特に牛島中将閣下
はあんな弱小戦力で海兵隊を苦しめ米軍の司令官を唯一殺し
た方ですからね。さすが、弾丸は鍋と釜から作ると言った人
物です。

63 名前:海の人 投稿日:2000/06/01(木) 19:33
>62
 う〜ん、それだけのために沖縄県民が味わった悲惨と労苦を思うと、ちょっと
首肯しかねるような。
 確かに帝国陸軍は地元民の保護など戦略的価値などないし、知ったこっちゃない
と思ってたから当然の対応なのかもしれないけど、だからといって後世になって
まで誉めるようなことではないような。



64 名前:馬と鹿 投稿日:2000/06/01(木) 22:56
>63
 第32軍は住民保護を考えた軍政を実施してます。勘違い
しないで下さい。問題は住民がそれに従ったか従わなかった
かです。牛島は住民疎開にかなりの労苦をしており、疎開船
だけでも約650隻動員しています。疎開船中撃沈されたの
が対馬丸のみというのは奇跡に等しい話しです。もし、住民
がこの作戦に協力していれば65万人以上が避難出来ていた
のに、定員割れで出港した疎開船が多数ありました。次に戦
闘に捲き込みたくないから残留住民に北沖縄に行くか隣島に
疎開して欲しいと要望しても拒否して勝手に戦闘区域に残っ
たのも住民じゃないですか。それはともかくとして、住民を
連れて撤退した第32軍は大きな失敗していると思いますよ。
米軍がフィリピンでやったように住民を全部米軍に引き渡し
ていたら、米軍の兵站計画が破綻して沖縄防衛に成功したと
思いますよ。何せ実際の米軍が被った被害は戦死傷者6万5
千人・精神錯乱者1万人ですからこれ以上の被害は間違い無
いですし、補給艦を神風吹き荒ぶ海域に(それも衣食ばかり
の)送り込むのは大変です。
 戦争で日本軍みたいに住民の事を考えて戦争(戦後その部
分は曲解されてますが、日本軍の教えは家族を護る為に戦っ
て死ねでした。これに対して米軍はアメリカの掲げる理想の
為に戦えと教えてます)してたら負けますよ。米軍や英軍(
国王陛下の為に戦え)、ソ連(スターリンのために戦え、住
民は農奴以上の価値無し)のように住民の事など考えずに戦
う軍隊が勝つのです。

65 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/01(木) 23:14
スレの趣旨と全然違う方向に行ってるから簡単にするが、ことほどさように
「住民」というものは思い通りにならないものなんだよ。

ここは戦場と決まりましたのでいなくなってください、ではだめなのさ。
いくら努力したとしても、それは机上の空論といわれてもしょうがない。

あと日本軍が「家族を護る為に」戦ったと解釈するのはどうか。軍人手
帳にはそんなこと一言も書いてない。
米軍・英軍・ソ連軍の例は言葉尻はそうかも知れないが、言葉尻だけすぎる。

66 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 01:33
>36
ザイドリッツだって結局自力では戻れてないじゃんよ。
水深浅い海の所で着底、工作艦が36時間かけて主砲身
とっぱらいーの排水ポンプフル稼働しーの、で、やっとこさ
曳航して連れ帰ったんだから。
浸水量もリュッツオーの方が少なかったぐらいだし、この
2艦の何が違ったかと言えば、「運」でしょ。
フォン・デア・タンなんぞ一番旧式低速で殿艦で打たれ
まくって、全主砲破壊・操舵室浸水、でも自力で帰ってきた。



67 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 04:39
>64
>残留住民に北沖縄に行くか隣島に疎開して欲しい
住民側に言わせれば
一緒にいれば陸軍さんが護ってくれる、
と思っていたとか・・・


>住民を全部米軍に引き渡していたら
鬼畜米英に皆殺しにされるぞと教育されて、
そう信じ込んでたんだから無理だって


で、スレッドの話題に戻して
海軍じゃないけど海自のダメコンはどの程度?
大丈夫?駄目?どっち?

68 名前:海の人 投稿日:2000/06/02(金) 08:28
>64
 いあ、なんというか沖縄にいた「やまと」の軍隊が、どのように沖縄県民を
蔑視して人間扱いしていなかったか、64さんの仰る通りだと思います。
 まるで家畜のように「ここから出ていけ」と命令されたら従わねばならぬ
、あるいはもっと根本の部分で「本州さえ無事で有れば、こんな島嶼の一つや
二つ焦土になったところで安いもの」という考えが如実にあらわれていて意図
されるところとは違うとは思うのですが参考になります。

 ところで海自のダメージ・コントロールなんですが、通常航行中であっても
ひまさえあれば「防火・防水訓練」という艦内火災、破孔浸水の訓練やって
ますから万全です・・・と言いたいところですが、民間船舶などと比較すると
戦闘能力を温存して復旧する必要がある、などの点から結構困難な状況です。
 民間船舶の場合(特にタンカー)、よほどの大破孔でない限りは即時硬化する
充填材を区画に流し込んでかためてしまったりなどの対策が編み出されている
のですが、海自艦艇の場合にはしばしば該当区画に重要な機器が入ってたり
するので、そういったお手軽な対策はとれないのです。
 そんなわけで、今でも人海戦術で「箱パッチ」とか「高速水霧」を使って
います。

 それにしても海自にはいって、巨大な丸タンクとか機械室での火災想定に
対して、タダの水だけで消火しようなどと無謀なことをしていると知った
ときには逃げたくなりました(笑)
 2,3回やってコツをつかむと、逆に目の前数センチのとこで水霧に押し戻さ
れる炎幕がきれいなもんだから、他人の順番まで横取りして火消し訓練しま
くったのですが。



69 名前:馬と鹿 投稿日:2000/06/02(金) 09:18
>65
私も簡単に書きますが、あなたが通った学校の生徒手帳には
髪型や服の着丈が規定されていましたか?無いでしょう。軍
隊手帳も同じです。軍隊とは日本軍の場合、教育総監が何を
目的とするかを教育するのですが、歴代国防をせよと教えて
います。(防衛庁等に史料がありますから見て下さい)
>66
 港の近郊まで帰ったのが大事なのであって浸水量は重要で
はないと思います。実際ザイドリッツは1/3浸水してます
から、逆にそれ以下だったリュッツオーはダメコン能力が低
いのでは?更に航行不能ですから。日本海軍も同じで一発食
らうと航行不能になってしまう。これは修理したくても港に
帰れないです。アイオワの場合、機関一基で5万馬力ですか
ら1トンに対して1馬力以上ありますが、大和は約0.5馬
力で半分以下です。但し翔鶴級は機関が丈夫だったらしく、
数度の被弾でも30ノットを維持したらしいです。

70 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 10:58
>69
確かに被害時に自力で航行出来る能力を維持出来る事は艦の生存性に大きく関わ
る話しです。
ただ、ここで重要なのは機関が丈夫とか軸馬力の余裕などよりも、まず1缶でも
蒸気がタービンに送れて1軸でも回せる事が大事と思います。
確かに1軸あたりの馬力に余裕があれば、浸水して重くなった船体を引きずって
帰る時に出せる速力で有利でしょうし、その分、戦場離脱が速くなりますから、
この利点は否定しませんが、それもこれも缶や機関が生きていればの話しです。

アイオワ級を引き合いに出されていますが、あの艦は缶数が8基しかない事を
ご存じでしょうか?、シフト配置の利点はありますが大和の12基より少ない
のです。これが全滅したらアイオワの1軸の馬力的な余裕などなんの意味も持ち
ません。

馬力の余裕を強調なさっていますが、まずは直接防御なり機関配置などで缶や機関
の生存性が高い船が沈みにくいと考えます。
(戦場で行動の自由を失う事が船の喪失につながった例は多々ありますから)
軸馬力の余裕などはその次の要素だと思いますが。

>>但し翔鶴級は機関が丈夫だったらしく、
>>数度の被弾でも30ノットを維持したらしいです。
珊瑚海海戦、南太平洋海戦でいずれも翔鶴が被弾していますが、爆弾による
被害は格納庫甲板下には及ばず機関は無傷でした。
被弾後も航行に支障がなかったのは機関が丈夫だったからではなく、機関や
水線下に被害を受けなかったからです。


71 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 11:31
リュッツォーは、機関をやられたのではなく、前部への浸水で
艦尾が持ち上がってしまい、スクリューが海面上で空回りする
ようになったため航行不能になっています。

72 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 11:43
缶の数がは、一缶あたり発生できる蒸気の量できまるでしょ。被害極限のために缶の数を増やしたりしないでしょう。

73 名前:>64 投稿日:2000/06/02(金) 13:02
国民を守る為戦ってたってか?そうだろうな!
オレも、愛する会社の為に日夜2chで戦ってるぜ!

74 名前:66 投稿日:2000/06/02(金) 14:27
>70
ああ、言いたいこと全部言ってくれた。(笑)
ただ、その8缶を全滅させないためのシフト配置なんだから、
やっぱ総合的にはアイオワのが合理的なんじゃなかろーか。

71>
艦尾曳航もだめだったんですか?

72>
その上重量的スペース的には、缶の数は少ないほど有利
なんですよね? 確か。

話を戻して、条約時代の日本巡洋艦がついにシフト配置を
採用しなかったのは、やっぱり重量増加を嫌ったため?
他の国じゃばんばん採用してのに・・・


75 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 16:32
牧野氏だか福井氏だったかの書いたものを読むと、左右で軸傾斜が変わると言う点が(用兵側から)一番嫌われたからみたいね。シフト配置の不採用。

76 名前:>75 投稿日:2000/06/02(金) 18:18
用兵側ではなく造船側なのでは?

77 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/02(金) 19:24
初春で3連装発射管を背負い式にしてなおかつスペースが足りなくて煙突を横にずらしている。

ダメージコントロールの意識があればシフト配置だって用兵の不満を押しのけて可能だったろう

78 名前:70 投稿日:2000/06/02(金) 23:03
>72、74
ちょと書き方が悪かった気がするので自己弁解ですが、別に缶数が多い方が
防御上有利と言っている訳ではないです^^;、機関配置や水中防御の厚さの方
が影響が大きいでしょう。
缶数が少ない方が機関区の重量削減とスペースの点で有利だし、その分を兵装
や防御重量に回したり、多少機関区が長くなるのを我慢してシフト配置にしたり
と高温高圧缶を採用して缶数を減らす利点は色々とあります。


79 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/03(土) 03:56
タービンのシフト配置とかが議論になっているけど、
これらは、思想、姿勢の問題で、実際のダメコンに
どれだけ影響を与えたかは、明言出来ないと思う。
どちらが先進的かという判断にはなりえても。

技術というのは、前例や経験でいかほどの効果を得るかという
判定が重要だから、日本海軍が、そうしたデータに縛られた
というのは、仕方ない面もある。

ジーゼルや溶接技術を大和に採用しなかったという話はご存知と
思う。

結局、思い切った冒険的先進性に乗り切れた米海軍の
ゆとり、余裕というものが、かの艦設計に反映されている
のだと思う。
しかし、それが、実際のダメコンの実力かというと
さて、どうか、とは思う。

造艦技術の前進に果たした功績は認める。
一方、日本海軍は、貧乏症から、保守的にならざるを得なかった。
その違いと思う。

総合的科学技術では日本の遅れは認めざるを得ない。
一点優位を追求したがった意図もそのあらわれ。
しかし、確実な技術に依存し、忠実に習おうとした姿勢は、
非難されるべきではないし、マイナスではないと思う。

そんな、感想を抱いた。

80 名前:軍事オタク 投稿日:2000/06/03(土) 13:34
>79
何をいいたいのか意味不明です。
機関のシフト配置については被害極限の為の一手法に過ぎないんです。
それ以上の話しなんて誰もしていません。


81 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/03(土) 15:40
シフト配置は別に冒険的先進性のある配置じゃないよ。

82 名前:>79 投稿日:2000/06/03(土) 20:04
>一方、日本海軍は、貧乏症から、保守的にならざるを得なかった。
>その違いと思う。
海軍軍縮以降どこの海軍も予算不足を抱え込み、保守性は古
今東西あらゆる軍隊の通弊。日本だけの問題でもない。

>しかし、確実な技術に依存し、忠実に習おうとした姿勢は、
>非難されるべきではないし、マイナスではないと思う。
この時点で間違ってたんじゃないか?
日清日露と戦ってきて、船が沈むのは被害極限に失敗したと
き、と読むべき戦訓がどこからか「とにかく武器積んで沈め
たもん勝ち」に化けちまったと見てるんだが・・・。


83 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/03(土) 20:20
だとしたら日本海海戦の勝利以降だろうな。
あくまでも条件が整った上での、さらに賭に勝ったようなものなのに、
その後はそれが当然となった。

84 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/03(土) 23:09
日本の重巡洋艦の水雷防御は水密鋼管を詰めたり、バルジ構造にして重油タンクにしたり
装甲防御をほどこしたりいろいろ工夫はしている。でもやはり艦幅が狭くて
十分な縦深性がとれず魚雷攻撃に対しては缶室や機関室に浸水して
片舷浸水でえらいことになっている。

中央隔壁を除くような配置だけでもほしかったね>帝国海軍

85 名前:本題と関係ないが 投稿日:2000/06/03(土) 23:17
大和の第一砲塔付近は甲板高さが中途半端で最上甲板と上甲板の間しか利用されずに
中甲板と上甲板の間はただの空きスペースになっている。

すごく無駄な気がするけど、仕方ないのか?

86 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/03(土) 23:27
加賀は船体の前半部と後半部で甲板が不連続なんだが、どういう設計なんだ?

87 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/04(日) 05:25
84/85>
重量軽減・重心降下対策っしょ。
重い砲塔は少しでも下に下げた方がいいからねぇ。
加賀の源計画じゃ、四番砲塔が一番砲塔と同じぐらいの高さ
だったはず。背負式の上の砲塔なのに、ね。
で、前から見ると艦首から艦尾まで、なだらかに看板が
下がってる訳。そこに格納庫を乗っけたんだけど、当然
水平にしなきゃならないからどこか途中で切らなきゃ
ならなかった。

日本艦にはよくある設計だけど、でもはたしてそこまで
やる必要があったのか、って疑問は残る。

88 名前:追加 投稿日:2000/06/04(日) 05:28
秋月級も、よく見ると一番砲の所で看板をちょっと
下げてる。

でも途中の艦から「こんな手間かかるの作ってられん」
ってまっ平らになった。問題なし。その程度。(笑)

89 名前:>86 投稿日:2000/06/04(日) 09:39
それは赤城のことでは?
実験艦の性格が強かった三段甲板時代、加賀は前方からの逆着艦を
考慮して飛行甲板が後ろ上がり、赤城は普通の着艦で行き足を遅く
するため後ろ下がりだった。
煙突の関係からも使い勝手が悪かったため先に大改装を受けた
加賀は飛行甲板を一直線にしたが、赤城は予算の制約から加賀ほど
徹底した改装ができなかったので飛行甲板を一直線にできなかったし、
高角砲も旧式の12センチ砲のままだった。

あと最上甲板については、日本の重巡は全部、波打っている。

90 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/04(日) 10:15
損耗を前提とした駆逐艦などの小型艦艇にまで複雑怪奇な
設計手法を盛り込むあたり、艦以前に軍隊としてのダメコ
ンがどこか間違ってるように感じる・・・。
どこも平時の軍艦は贅沢な作りだけど、日本の場合戦争始
まってからも相変わらずのんびりとした船造り。

「戦時型」であるはずの丁型1番艦が44年竣工って・・・。
これなんか戦争前から(設計だけでも)準備しておくべきモ
ノだよね。

91 名前:馬と鹿 投稿日:2000/06/04(日) 21:35
皆さんお久しぶりです。
>89
 赤城は凄い艦だったらしいですよ。乗組員を艦内の構造
がよく判らず、袋小路の山だったそうです。更に将校室は
暑かったそうです。理由は元石炭庫でボイラーの隣りに在
ったそうです。更に甲板にはカタパルト取り付け予定の後
がある(加賀にもあり昭和12年に撮影された写真に溝が
写っている)が遂には実現せず。世界で2隻しかない左艦
橋というヘンな空母!!フツーは使い勝手が良いかどうか
実験してから作らないか?幾ら自分の爆弾が誘爆したとは
いえ、爆弾一発でスクラップになった4万トンの軍艦はア
レ1隻だと思う。止めはMI作戦出港時に積んだ砂糖が16
トン!!料理長がケーキの名人で夜食はかならずケーキだ
そうです。いかにも戦争で被弾したら沈みそうな軍艦です
(あっ実際沈んだか)。

92 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/10(土) 21:44
age

93 名前:海の人 投稿日:2000/06/10(土) 21:58
 後世の軍事マニアからはバカにされるのかも知れないけど、夜食にうまいもん
喰わしてやろうという調理員長の乗ってるフネだったら乗り組んでみたいなぁ。
 どうせ航行中の艦内で楽しみなのは「メシ・フロ・ネル」だけなんだし。
 あまったケーキをガメといて、夜中のワッチでむさぼり食ってたやつとかいたん
だろうかなぁ。



94 名前:馬と鹿 投稿日:2000/06/10(土) 22:33
>93
 従軍カメラマン牧島さんの話しでは洋食・和食・洋食・洋菓子
が毎日出たそうで、空母に乗ったら体重が増えたそうです。但し
長良に乗った瞬間カメラは無くしたし、夢のような食事も無くな
ったそうです。更に下艦が出来ぬまま、カメラだけ支給されて南
方方面に出撃する仮装巡洋艦に乗せられて出撃だそうです。
 つまり…南の戦線で死んで、ミッドウェイで見た事を話さない
でねーという事

95 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/11(日) 14:19
ちょっと間があいて申し訳無いですが。

>38
シェフィールドの被弾は、前部発電機室(一部では調理室という
報道もあり)で、ミサイル本体は不発との事です。飛散したロケ
ット推進燃料が燃料系統に引火し、艦内の電線に類焼後、艦内の
木造調度品や塗装が拍車をかけたと云われています。当時、日米
の艦船で、木造調度品は考えられないという報道を記憶していま
す。太平洋戦域での熾烈な戦闘が、日米両国艦船の不燃化を徹底
させたのに対し、熾烈な海vs空の戦闘を経験できなかったイギリスは
燃え易かったということです。ただ、電子機器装備がWWII以後格段に
増えた為に、艦内配線が当時より格段に増えています。
しかも。電子機器用の電線は細くて燃え易いときています。電線を伝う
類焼速度が予想外に早かったとも伝えられています。
実際、国内における電線ケーブルの不燃化が実現したのも、世田谷の電話線
火災事件以後のことですからね。

何が云いたいかというと、戦訓から正しい教訓を導くことはかくも難しい
という事です。特に、日露戦争ーWWI−WWIIは、兵器や戦の仕方が格段に
変化しているので、当時の技術者を一方的に非難するのも無理があるかな
と思います。
チョト長くなりました。

96 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/12(月) 12:16
>80
何を言いたいかをわかるには、キミのアタマをリフレッシュすべきだな。
オレには分かるよ。

97 名前:>1、11 投稿日:2000/06/12(月) 13:50
大鳳があっけなく沈んだのは、未熟練の徴用工が多くなって
バルブ類の品質が落ち、油の類が漏れやすかったことも影響
していると聞きましたが。

98 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/17(土) 19:17
南太平洋海戦のホーネットを例に出すまでもなく、
アメリカの沈没空母って、魚雷食らって火達磨になっても
そのまま沈没することはなくて、ほとんどが自軍の魚雷で
「自沈」してるんですよね。

反面日本の空母はかなりあっけなく沈没してます。
大鳳の場合だって、魚雷の直接被害はたいしたことないのに
その後の艦内爆発で沈んでます・・・ってなぜだ?
なぜ艦内爆発で沈む?

このあたりを見てると、同じ「空母」でも、
アメリカと日本のは全くの別物じゃないかという気さえ
してくるのですが。


99 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/17(土) 20:23

 世界の艦船 1991年4月号に「どうして米空母は
タフだったか」という記事があります。
 それを読みますと、根本的に日本の軍艦設計・運用に
欠陥があったことが示唆されます。

 知り合いの関係者から聞くところ、その伝統は脈々と
引き継がれているとのことです。(合掌)


100 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/18(日) 09:10
まるでタヌキの泥舟ですね>日本の艦船

爆弾1〜2発で大火災→沈没
魚雷1本でガス爆発→爆沈

アメちゃんと比べるのもおこがましいです。恥だ〜

101 名前:でも 投稿日:2000/06/18(日) 09:55
プリンストンも爆弾一発で沈んでるぞ。

102 名前:名無しさん 投稿日:2000/06/18(日) 10:03
沈没するのに武蔵は20発魚雷、大和は10発魚雷、信濃は4発魚雷だ。

これでも沈みやすいか?

瑞鶴、翔鶴の沈没時の被害は米海軍空母でも耐えられないぞ。>魚雷が4−8発

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