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古朝鮮歴史スレッド

1 名前:みや ◆F/o4D3II 投稿日:2001/09/08(土) 00:14 ID:wEHfLFSU
気が付いたらこの手のスレッドがなかった。

韓国マスコミ今日のホームラン(号外)より転載
http://61.121.247.239/~kikaku/post/test/read.cgi?bbs=korea&key=998753787
739 名前: 名無しさん@お腹いっぱい sage 投稿日:2001/09/07(金) 20:18 ID:knpsvWqs
http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://www.hani.co.kr/section-009000000/2001/09/009000000200109062248001.html
ちょっと翻訳を手直ししました。

日本式似ている霊山川端5〜6世紀古墳

△古代日本の長考型墓形態を帯びたクヮンジュ月渓洞古墳

南道のクヮンジュ外れと栄山江川端には奇妙な姿を持った5〜6世紀昔の墓が10余基散らばっている。
前はネモコル,後側は丸やかに生じたと真書`長考型墓'あるいは`ゾンバングフワンブン'
(前方後円墳)と呼ばれるこれらの墓は、学者たちの発掘対象から外れたり、発掘されても
報告書を書かれないのが一般的である。いわゆる`いじめ'にあっている墓である。

忌避する理由は単純だ. 3〜5世紀古代日本の墓の様式に似ているうえ、
円筒状姿の土器類副葬品も日本の墓の周りに列を作って置かれた飾り土器(ハニワ)らと別に差がないためだ。
私たち(韓国)の文化の日本伝播だけ教えている教科書的な常識と行き違うことと、
封墳や土器模様などが当時日本大和政権の葬墓風習に倣ったという点で、
これら遺跡は国内学界がもみ消して来たコンプレックスであった。
実際にクヮンジュ,海南,霊岩等地の長考型墓たちの中報告書が出たことはクヮンジュ
名画洞墓だけで墓主人公や日本との連関性に縛られた仮説たちは墓が発見された
80年代以来むしろ日本学者たちが活発に申し立てている.


2 名前:名無しさんは反省しる 投稿日:2001/09/08(土) 00:23 ID:wEHfLFSU
以前に 娜々志娑无氏に伺った、好大王(広開土大王)の略称の件ですが、
やはり中国でも「好大王」と略称しているようです。

http://2ch.kakiko.com/miyamiya/ktext/hao.html

韓国高等学校歴史教科書の三章扉写真ですが、はっきり「碑王大好」と読めます。

3 名前:名無しさんは反省しる 投稿日:2001/09/08(土) 00:26 ID:4HIVLKr.
ちよよん先生が懐かしいな。

4 名前:名無しさんは反省しる 投稿日:2001/09/18(火) 07:14 ID:mDDqGdio
新しい歴史教科書(朝鮮版)をつくる会は、ここでいいですか?

5 名前:Mr.コパ ◆75ri/Ckk 投稿日:2001/09/18(火) 07:23 ID:hqELtSoo
ここは外せませんよ。

>国史教科書改定の方向
http://www.netomo.com/cgi-bin/transkj.cgi?http://incasun.new21.org/home/home/histoty/root/3[1].htm

参考(本国)
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000311730

6 名前:名無しさんは反省しる 投稿日:2001/09/18(火) 12:15 ID:Z.lfV17c
南道の日本式陵墓。。。
やはりミナマ(一発変換できねぇぞ、IMEゴルァ)はあったと。
少なくとも半島南部は日本勢力の影響が強かったと。

7 名前:名無しです 投稿日:2001/09/18(火) 12:23 ID:mOM0j2ek
>>6
そりゃ、変換出来ないよ。
「みまな」じゃなきゃ。(w

8 名前:REM 投稿日:2001/09/18(火) 12:25 ID:bg7au6/k
ミマナですね>任那

マとナの順序が逆になってます。

9 名前:投稿日:2001/09/18(火) 12:36 ID:Z.lfV17c
>>7,8 どうもです(恥
さげ。

10 名前:Mr.コパ 投稿日:2001/09/18(火) 12:46 ID:.WSj5jkc
古代東アジア史を語るには、まず楽浪郡・帯方郡・任那あたりの歴史を
はっきりさせないとねぇ。例えばこんな感じに。
http://inoues.net/yamataikoku/study/rakuroh.html

まぁ韓国人・朝鮮人には、そんな気はさらさらないような気もするけどね…

>朝鮮では、楽浪は古朝鮮の末えいであり、
楽浪文化は古朝鮮文化とその系譜を引く独自の文化とされている。
本書では、楽浪文化に対するこのような日本での解釈や定説と、
朝鮮側との見解の違いや、楽浪と倭国との関係、朝鮮半島との関係などについて、
楽浪墳墓2200余基の新資料を中心に検証している。
「今なぜ、楽浪なのか。日本の弥生文化をはじめとする古代文化に影響を与え、
倭国と倭の人々と深い関係をもつ楽浪と楽浪文化が問われ、
全面的かつ根底的な再検討が必須であると要請されている」と筆者は言う。
資料編として、1995年4月に平壌で行われた「楽浪文化についての学術発表会」で
報告された28編の研究論文のうち6編が紹介されている。
http://www.korea-np.co.jp/book/sinboj99020974.htm

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